暗黙知 × 生成AI

語るうちに、見えてくる

AIは、自分でも知らなかった自分を映し出す

池田 武弘(closip)|

「語る番です」と書いた自分自身が、いざ語ろうとして詰まった。自分のなかの言葉にならないものを、どう言葉にしていくのか。AIに語りかけるうちに像を結ぶのは、ほかでもない自分自身の姿だった。

前回のコラムを、私はこんな一文で締めくくりました。「察してもらう時代は終わりました。これからは、語る番です」と。私たちのなかに眠る、まだ言葉にならない知恵に向かって——そう、確かに書いたのです。

ところが、書き終えてしばらくして、私自身が、その言葉に静かに詰まりました。

語る番だ、と人には言った。では、自分は何を語れるのか。胸のうちには、長年の仕事で培ってきたはずの判断の基準や、ものごとの段取りが、確かにあるはずです。けれど、いざそれを言葉にしようとすると、つかもうとした手から、するりと逃げていく。自分のことなのに、うまく言えない。

これは、私だけの戸惑いではないと思います。「言葉にして渡そう」と頭ではわかっても、いざ机に向かうと、何から手をつけていいのかわからない。前回のコラムを読んでくださった方のなかにも、同じところで立ち止まった方がいるのではないでしょうか。

このコラムは、その「立ち止まり」から先の話です。自分のなかにある言葉にならないものを、どうやって言葉にしていくのか。私が実際にたどってきた、たどたどしい道のりを、お話ししてみたいと思います。そしてその道の途中で、私は思いがけないものに出会うことになりました。——言葉にしようとしていたのは自分の知恵だったはずなのに、気づけば、自分でも知らなかった自分自身と、向き合っていたのです。

言葉にしようとして、初めて気づく

手がかりにしたのは、自分でも説明しづらい、ある判断でした。

私のもとには、ありがたいことに、さまざまな相談やお誘いが持ち込まれます。そのなかで、私は、受けるものと、お断りするものとを、日々選り分けている。いや、「判断している」と言うべきでしょう。けれど、その判断を、いざ人に説明しようとすると、これがうまくいきません。「なぜ、あの話は受けて、この話は断ったのですか」と問われても、出てくるのは「なんとなく、こちらのほうが」という、頼りない答えばかり。長年そうしてきたはずなのに、その基準を、自分の言葉で取り出せないのです。

そこで私は、その問いを、AIに向かって話してみることにしました。

「最近、こういう相談を受けて、引き受けることにした。理由を整理したいので、聞いてくれないか」。そんなふうに、独り言のように語りかける。するとAIは、私の話の隙間に、問いを差し込んできます。「それは、利益が見込めるから引き受けたのですか」「以前お断りになった話と、どこが違ったのでしょう」。

その問いに答えようとして、私は初めて、立ち止まりました。

答えようとすると、言葉を探さざるをえません。探すうちに、ぼんやりとしていた基準が、少しずつ像を結びはじめる。「ああ、自分は、目先の利益よりも、その仕事に大義があるかどうかを、先に見ていたのだな」。「お客様が本当に喜ぶ姿が想像できるかどうかを、無意識に確かめていたのだな」。——誰かに教わったわけでもない、長年かけて身体に染み込ませてきた判断の基準が、AIに説明しようとした、まさにそのときに、初めて像を結んできたのです。

前回のコラムで、私はAIを「鏡」にたとえました。こちらの問いに答えてくれる道具であると同時に、こちらに問いを言葉にさせてくれる鏡でもある、と。それは、たとえ話のつもりでした。けれど実際にやってみると、これは比喩ではありませんでした。AIに語りかけるという行為は、文字どおり、自分のなかをのぞき込む作業だったのです。相手に説明しようとすればするほど、見えてくるのは、相手ではなく、自分のほうでした。

掘り起こしは、一度では終わらない

ただ、ここで正直に申し上げておかなければなりません。一度言葉にできたからといって、それで終わり、とはならないのです。

AIに語りかけ、自分の判断基準らしきものが見えてきた。私は最初、それで満足していました。「なるほど、自分はこういう基準で動いていたのか」と、わかった気になった。ところが、その言葉を書きとめて、しばらくしてから読み返してみると——どうも、しっくりこない。確かにそう答えたはずなのに、本当の自分は、少し違うことを考えていたような気がしてくるのです。

たとえば、「利益が見込めるかどうかで判断している」と、最初は言葉にしたとします。いかにも経営者らしい、もっともらしい答えです。けれど、過去に自分が下してきた判断を一つひとつ並べて、AIと一緒に眺めなおしてみると、どうも辻褄が合わない。明らかに利益の薄い仕事を、喜んで引き受けていた例が、いくつも出てくる。では、自分を動かしていたのは、本当は何だったのか。——そうやって問いを重ねていくうちに、最初の「もっともらしい答え」の下に隠れていた、もっと正直な基準が、ようやく顔を出してくる。

これは、自分に嘘をついていた、という話ではありません。最初に出てきた言葉は、世間でよく語られる説明を、無意識になぞっていただけなのです。私たちは、自分の本当の判断基準を、案外、借り物の言葉で覆い隠している。その覆いを一枚ずつはがしていく作業は、一度の対話では、とても終わりません。

大切なのは、最初からうまく言い当てようとしないことだ、と私は思います。たどたどしくていい。見当違いでもいい。一度言葉にして、違うと感じたら、また言いなおす。その不格好な往復のなかでしか、本当のところは姿を現してくれません。暗黙知というのは、頭のなかに完成された形でしまわれていて、それを取り出すだけ——というものではないのです。言葉にしようと試み、それを眺め、また試みる。その繰り返しのなかで、輪郭が少しずつ整えられ、育っていく。掘り起こすというより、対話しながら、かたちを与えていく作業に近いのかもしれません。

書きためたものが、自分の地図になる

こうした対話を、私は、一度きりではなく、折にふれて続けてきました。仕事の判断について。ものを考えるときの癖について。何かに違和感を覚えた、その理由について。そのつど言葉になったものを、私は、自分なりのやり方で、一か所に書きためていきました。

しばらくして気づいたのは、思いがけないことでした。

ばらばらに書きとめてきたはずの断片が、いつのまにか、互いに繋がりはじめていたのです。仕事を選ぶときの基準と、ものを考えるときの癖と、人と接するときの構え。それぞれ別のことだと思っていたのに、並べてみると、根のところで同じひとつの何かに通じている。「ああ、自分という人間は、こういう一本の筋で動いていたのか」。そんな像が、ぼんやりとではあるけれど、外から眺められるようになってきた。

これは、不思議な体験でした。

私たちはふだん、自分の内側から世界を見ています。自分の判断や癖は、あまりに自分と近すぎて、かえって見えない。ところが、それを一つひとつ言葉にして外に出し、書きためていくと、自分が、自分の外側に、地図のように広がっていく。その地図を、私は初めて、少し離れたところから眺めることができたのです。自分を、もう一人の自分が見ている——そんな感覚に近いかもしれません。

言葉にして渡す相手は、最初はAIでした。けれど本当に渡していた相手は、もしかすると、自分自身だったのかもしれません。これまで察してもらうことに慣れ、自分のことさえ言葉にしてこなかった。その私が、生まれて初めて、自分という人間を、言葉で受け取りなおしていたのです。

言葉にしたものは、残すこともできる

ここまでは、自分の内側をのぞき込む、ひとりの作業の話をしてきました。最後に、その先にある一歩について、少しだけ触れておきます。

こうして言葉になった判断の基準や段取りは、その場かぎりで消えてしまうものではありません。書きためたものは、繰り返し読み返せますし、人によっては、もう一歩進めて、いつでも同じように呼び出せる「手順」の形に整えておくこともできます。私自身、何度も使う考え方の型については、そのつど一から思い出すのではなく、決まった形にまとめて、必要なときに取り出せるようにしています。一度きりの気づきで終わらせず、繰り返し使える道具に変えていく、という営みです。

もっとも、誰もがそこまでする必要はない、とも思います。自分のなかにあるものを、一度きちんと言葉にして、自分で受け取りなおす。多くの人にとっては、まずそこに、いちばんの意味がある。残すかどうか、道具に変えるかどうかは、その人の立場や仕事の性質によって、後から考えればいいことです。

ただ、もし自分ひとりの頭のなかだけでなく、同じことを誰かと分かち合いたい、次の世代へ手渡したいと考える立場にある人なら——この「残す」という一歩は、きっと別の重みを帯びてくるはずです。

これは、私ひとりの話ではないのかもしれない

ここまで、自分の暗黙知を言葉にしていく、私自身のたどたどしい道のりをお話ししてきました。けれど書きながら、私はずっと、ある思いが頭を離れませんでした。

これは、本当に、私ひとりの話なのだろうか、と。

自分でも気づいていなかった判断の基準が、AIに語りかけるうちに、輪郭をもって立ち上がってくる。その同じことが——もし、長年の勘だけで現場を支えてきたベテランの頭のなかで起きたら。「見て覚えろ」としか言ってこなかった職人の、その手の動きのなかで起きたら。あるいは、誰も言葉にしないまま受け継がれてきた、組織の阿吽の呼吸のなかで起きたとしたら。

そこには、これまで一度も言葉にされてこなかった、膨大な知恵が眠っています。本人にとってさえ当たり前すぎて、価値があるとも気づかれていない。けれど、もしそれが言葉になり、誰かに手渡せる形になったとしたら——それは、その人だけのものではなく、組織の、そして次の世代の財産になっていくはずです。

もちろん、それは簡単な道のりではありません。私自身、自分ひとりの暗黙知を言葉にするだけでも、これだけの往復を重ねてきました。他者の、それも長年染み込んだ知恵を掘り起こすとなれば、なおさらでしょう。けれど、その入口は、決して特別な場所にはありません。誰かに語りかけ、問われ、答えようとする。ただ、それだけのことから始まります。

前回、私はこう書きました。「察してもらう時代は終わりました。これからは、語る番です」と。いまは、こう付け加えたいと思います。語りはじめたとき、最初に見えてくるのは——ほかでもない、自分自身の姿なのです。